『ウェイン・ショーターの部屋』(http://www.bekkoame.ne.jp/~echika/wayne/wsindex.html)の別館です。


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役に立たないジャズ入門・1

(役に立たないジャズ入門・1)


■序

 ジャズを聴き始めた頃から、ずっと不満に思い、不思議に思っていた事がある。それはジャズに関するあまりいい入門書とか、そういった本の類に出会ってないということだ。
 未知のジャンルの音楽を聴きはじめる時には、とりあえず本とか、あるいは周囲に詳しい人がいればその意見とかを頼りにするものだろう。ぼくの場合も最初はそんなかんじだった。でもなんだかジャズの場合、そういった入門書の類に参考にならないものとか、ヘンなバイアスがかかっているものが多い。それはぼくがたまたま運悪くそういったものばかりに引っかかってきたということなんだろうか? でも、どうもジャズに関する入門書は、例えばクラシックとかロックとか、そういった別ジャンルの音楽の本にくらべても役に立たないものが多い気がする。
 そんなわけでこの項は、いままで読まされてきたジャズ本への恨みや不満を書きながら、最終的にはまだジャズを聴き始めだった頃のぼくに勧めたいと思うような、自分なりのジャズ入門にしていくことを目指したいと思う。
 でも、ジャズを聴き始めた頃のぼくがそれまでのジャズ入門を役に立たないとおもったように、ぼくがこれから書くジャズ入門も他人にとっては役に立たないもののような気もする。だから『役に立たないジャズ入門』というタイトルで書きはじめてみる。



■ぼくがジャズを聴きはじめた理由 〜 なんでジャズを聴くのか?

 と、いっておいていきなり何だが、まずはジャズ入門というところから外れて、ぼくがジャズを聴き始めた頃のことを書いてみたい。

 ぼくは何でジャズを聴きはじめたのか? それは、それまで聴いてきた音楽に飽きてきたからだ。そしてそれは多分ジャズを聴きはじめる理由としてはけっこうあるものなんじゃないかと思う。
 ぼくも最初はテレビやラジオからよく流れてくるタイプのポピュラー音楽から聴きはじめた。ロックとかポップス、ソウルとかR&Bとか、つまりそういったボーカル入りの3〜5分ていどで終わる音楽だ。そういったものは親しみやすいし、メロディをおぼえて口ずさむことも簡単にできる。
 でもぼくはわりと最初から、ヒットしている曲を聴くというよりは、自分の好きな音楽は探し出してでも聴きたいし、好きでないものはどんなにヒットしていても聴かないタイプのリスナーだった。ロックを聴けば、自分が生まれる前に流行っていたようなロック、ビートルズやストーンズなども聴いていたし、新しい発見がしたくていろいろなタイプのロック、プログレやら、パンクやら、ハードロックやら、いろいろ聴いてみた。そうすることによってドキドキするような新しい発見があったし、自分の価値観も変わってきて楽しかった。
 でも、そうやって聴きまくっていると、しまいには新しい発見は無くなってきてしまうものだ。つまりはロックやソウルなどで、自分が好きな部分はだいたいわかってしまったわけだ。もちろん完全に理解したとは思わないし、聴いたことのないアルバムはまだまだいくらでもあったけれど、ドキドキするような新しい発見をすることは目立って少なくなってきた。つまり聴いていないアルバムでも、だいたいこういった音楽だろうと予想がつくようになってきてしまった。だいたい単純な構成で3〜5分で終わるポップソングというのは、親しみやすいかわりに飽きやすい。
 それでも自分が好きなタイプの音楽をただ聴きつづけるという選択もあるんだろうが、ぼくはまだまだ新しい発見をしたかった。それならどうすればいいのか。新しいジャンルの音楽を聴いてみることだろうと思った。それでぼくは、それまでほとんど聴いたことがなかったジャズという音楽を聴きはじめたわけだ。

 ちなみに、いまでもこの判断は間違っていなかったと思う。
 つまり、ポップソングを聴き飽きた人がいたら、たぶんその人が聴くべき音楽はジャズかクラシックというのが正解ではないか。
 先にも書いたとおり、ポップソングというのは構成も単純で3〜5分で終わる程度のものなので、親しみやすいかわりに飽きやすい。対してクラシックは構成がはるかに複雑であるため、親しみにくいかわりに、理解できてくれば奥深くて飽きることがない。ジャズの場合、インプロヴィゼイション(即興演奏)というのは聴いていても飽きない。これは何故そうなのかというと、実はよくわからないのだけれど、実体験として飽きないといえる。つまり、ジャズの場合でも何度も聴いていれば編曲された部分やサウンドは飽きてくる。でもインプロヴィゼイションの演奏は何度聴いても飽きないのだ。これはぼくだけがそうなのではなく、聞いてみるとみんなそうらしい。何故そうなのかはわからないのだけれど、このインプロヴィゼイションは何度聴いても飽きないという所が、ジャズが飽きない理由といえそうだ。



■ぼくが最初にジャズを聴いた頃 〜 ジャズ本での最初のつまづき

 ぼくがジャズに興味を持ちはじめたきっかけはマイルス・デイヴィスの「枯葉」だった。高校生の頃だ。
 聴いたきっかけは、もらったコンピレーションの中に入っていたからで、これを聴いたのがジャズをいいと思いはじめた最初だった。もちろんそれ以前にもラジオなどから流れてくるジャズを耳にしたことはあったが、意識して聴いたのはそれが最初だった。
 気に入ったので、この「枯葉」について調べてみた。と、これはキャノンボール・アダレイの『Somethin' Else』というアルバムに入ってる演奏で、リーダー名義はキャノンボールだが、実際にはマイルス・デイヴィスがリーダーといっていい演奏だと書いてあった。たしかに聴いていて印象に残ったのはサックスではなくトランペットのほうだったから、書いてある通りなんだろうと思った。それで、このマイルスという人のアルバムをもっと聴いてみたいと思った。
 さて、ではこのマイルス・デイヴィスという人、まずどのアルバムを聴けばいいのだろうかと当時のぼくは考えた。
 こういった場合、「枯葉」が気に入ったのなら素直に『Somethin' Else』を聴けばいいと思う人もいるかもしれない。しかし高校時代のぼくにとってアルバムを聴くというのは、レンタルするにしろ買うにしろけっこうな出費だった。当然コストパフォーマンスは最重要に考えなければならない。ところが『Somethin' Else』というアルバムには数曲しか曲が入ってなく、中でも目玉はこの「枯葉」らしい。ところがその「枯葉」は既に聴いている。だとすれば目玉をすでに聴いてしまっている『Somethin' Else』より、より大きな発見を期待して別のアルバムを聴くほうが、コストパフォーマンス的にずっと有効だと思った。
 ということで、でも、どれを聴けばいいのかわからないから、ぼくは本屋でジャズ関係の本を立ち読みして見当をつけることにした。
 そういうことを当時のぼくは、例えばロックなどで未知のバンドを聴くときにやっていた。よく知らないバンドに興味を持ち、どれかアルバムを聴いてみたいと思ったときに、本屋でそんな関係の本を立ち読みすると、たいていそのバンドの代表作としていくつかのアルバムが紹介されていたので、そのへんから見当をつけて聴いていくわけだ。ぼくはマイルスに対してもその方法でいけると考えた。
 ところがここでぼくのジャズ本に対する疑いとつまづきが始まる。
 そのとき本屋で見たのがどの本だったか忘れてしまったが、その本でマイルス・デイヴィスについて書かれたところを見たところ、たしかに名盤と呼ばれるアルバムは紹介されているのだが、あれも名盤、これも名盤、こっちも名盤、あっちも名盤、どれもこれも名盤という感じで、まるで名盤のバーゲン・セールだった。これじゃあ、どれから聴いたらいいのか、まったくわからない。
 その後、このようなジャズ本に書かれている「名盤」というのがまったくアテにならないもので、決して信じちゃいけないものであることをぼくは知ることになるのだが、そのときのぼくにはまだわからなかった。
 だいたいぼくはその時立ち読みしていただけで、熟読する気はない。音楽は自分で聴いて理解するもので活字の解説で理解するものじゃないと思っていたから、そんな本を熟読するより、とりあえずアルバムを聴いてみたかったわけだ。それで最初の心づもりでは、たぶん本を見れば代表作と呼ばれるアルバムが何枚か紹介されているはずだから、それをおぼえておいて、店へ行って実物を見て、どれから聴くか決めようと思っていた。
 しかし、こうも名盤のバーゲンセールではおぼえるわけにもいかない。どうしたらいいんだろうと思いながら見ていくと、途中であることに気づいた。それは「Cookin'」「Relaxin'」など「……in'」という現在進行形のタイトルのアルバムが何枚もあることだった。
 何枚もあるんだから、このへんがポピュラーなんじゃないかと思った。それに第一おぼえやすい。だから、この「……in'」というアルバムから聴いてみようと思った。
(さらに、今考えれば、このときの紹介本にはマイルスのキャリアの最初から「名盤」を次々に紹介していたので、「ing」四部作あたりまで読んだときに、当時のぼくは疲れてしまい、「これでいいやっ!」と思ったんじゃないかと思う)
 そしてぼくは店に行き「……in'」というアルバムを探してみた。
 ……あった。
 まず、どれにしようか……、と思い、当時のぼくは『Waikin'』というアルバムを選んだ。その理由は、古臭い信号機がただ写っているだけという単純きわまりないジャケットが、いままでそこまで何も考えてないようなジャケットのアルバムというのを見たことが無かったもので、かえって新鮮に見えたからだ……。

 さあ。ジャズを少しでも知ってる人なら、当時のぼくが既にいくつかの間違いを犯していたことに気づかれただろう。

 そう。まず、『Waikin'』というアルバムは、タイトルに「ing」こそ付いているが、いわゆる「ing」四部作ではない。その二年ほど前に録音されたアルバムである。そして、ぼくはより重要な点だと思うのだが、この二年の差がかなり大きいということだ。
 つまり、もしジャズ初心者にマイルスのアコースティック・ジャズのアルバムを紹介するのなら、それはコルトレーン入りのクインテットを組んだ以後のものにすべきだと思うのだ。もちろんそれ以前のアルバムがクズばかりだというつもりはない。でも、バンド・サウンドの完成度や親しみやすさから考えて、初心者に最初に勧めるのなら1956年以後のものがいいと思う。
 そして、最初に『Waikin'』を手にとってしまって聴いた当時のぼくの印象をいうと、つまらないとまでは思わなかったが、「枯葉」と比べて何だか古ぼけた音楽という印象で、イマイチ親しめなかった。それでしばらくジャズを聴くのをやめて別の音楽を聴くことになる。
 そうして、少し時がたってから人に勧められてビル・エヴァンスの『Waitz for Debby』を聴く機会があって、そのへんから本格的にジャズを聴き始めていくことになった。

 ぼくは思うのだが、あのとき本屋で立ち読みしたジャズ本がもっとちゃんとしたものだったら、ぼくはもっと早くジャズを聴き始めていたと思う。逆にその後にビル・エヴァンスを人に勧められなかったら、ジャズ入門はずっと遅れていたかも、あるいはあのまま聴かずにいたかもしれない。
 ということは、あのようなジャズ本に引っかかって、ジャズを聴いてもいいはずの者が、聴かないまま終わってしまっているということは、けっこうあるんじゃないか。
 あの時ぼくが見たジャズ本のどこに問題があったのだろうか? これはけっこう多くのジャズ本に共通する問題点だと思うのだが、初心者から見た視点というのを欠いていたということだ。けれど、この手の本を読んでジャズを紹介されたいと思う読者というのはたいてい初心者や入門者が多いのだから、本来その視点を意識して書いてもらわないと困る。
 たとえばマイルスであれば、初心者の視点に立って、もしマイルスのアルバムを聴くのなら、このあたりから聴いてはどうかという代表作を取捨選択し、手際よく紹介するのが本来のこの手の本の使命ではないのか。それをマイルスのキャリアの最初から書き始めて、あれも名盤、これも名盤といって書いていったのでは、初心者は迷うばかりだ。たしかにマイルスの'56年以前のアルバムにもそれなりに聴きどころのあるアルバムはあるだろうし、マイルスの音楽人生を語る上で重要なアルバムもあるだろう。でも、初心者から見て最初に手を出すべきアルバムはどれかという視点に立てば、そのへんは後回しにしてかまわないアルバムだ。
 だいたいジャズ評論家のなかにはナントカの一つおぼえみたいにマイルスをホメてさえいればいいと思っているのが大勢いて、マイルスのアルバムは全部聴く価値があるなどと言いたがるので困りものだ。実際はマイルスのアルバムは玉石混合なんで、選んで買わないとヘンなものを掴まされる可能性が大きい。つまり、1955年以前にはかなりいい加減なアルバムをたくさん作っているし、あるいは『Big Fun』のように本来リリースすべきでない音源がリリースされてしまっている場合も多く、晩年もまたいい加減なアルバム作りをした作品がある。やはり初心者には「まずこのあたりから聴いたら?」というものを選んで勧める必要がある。
 それに例えば「ing」四部作を全部紹介してしまうような態度にも問題がある。もちろんこの四作はとくにどれが突出して優れ、どれが劣るということもないものだろう。でも初心者がはじめから全部を聴く必要はない。初心者にとってジャズの聴きはじめの期間というのは、いわばお試し期間なのだから、最初はいろいろなタイプのジャズを試しに聴いてみて、好きになったあたりからじょじょに聴いていけばいい。そうして限られた予算と時間のなかからバランスよくいろんなアルバムを聴いていこうとするなら、最初から「ing」四部作を全部なんて聴く必要はない。つまりこういった紹介本なら、そのうち一作紹介するだけで充分だし、あるいは一作も紹介せずに同時期の別のアルバムを紹介したっていいはずだ。
 さらにはマイルスのアルバムでまずギル・エヴァンスと一緒に作ったものを紹介した本も見かけたことがあるのだが、それも問題だろう。あれらはむしろギル・エヴァンスの作品といったほうがいいんじゃないかという理由もあるが、それ以前に、これからジャズを聴いてみたいと思っている入門者に、いきなりオーケストラをバックにした編曲モノを聴かせてどうするんだ。まず最初はオーソドックスなスモール・コンボによる作品から紹介するのがスジではないか。
 そういった視点からマイルスの、例えばアコースティック時代のアルバムの代表的なものを初心者に紹介するなら、おそらく片手で数えられる程度のアルバムに絞れるはずだ。そしてそれで充分であり、そのほうが親切なはずだ。もしそれらのアルバムを聴いて、その人がマイルスを好きになったなら、放っておいたって他のアルバムにも手を出していくはずなんだから。
 どうもジャズ評論家という人はやたらにジャズの歴史を語りたがったり、膨大なコレクションを自慢したがったり、自分の趣味嗜好に走りたがる人が多いように思える。もちろんそうしてもかまわないが、初心者にとってはそれはまったく必要のない、むしろ迷惑な知識でさえあるという視点をどこかで持っていないといけないんじゃないかと思う。どうもぼくがつまづいてきたジャズ本の多くは、そこをカン違いしてしまった人が書いたもののような気がする。
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by Fee-fi-fo-fum | 2009-05-25 00:57 | 役に立たないJazz入門