『ウェイン・ショーターの部屋』(http://www.bekkoame.ne.jp/~echika/wayne/wsindex.html)の別館です。


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役に立たないジャズ入門・2

(役に立たないジャズ入門・2)

■「名盤」を信じるな。

 初心者がジャズにつまづく大きな原因の一つは「名盤」ではないかと思う。じっさいぼくもジャズを聴きはじめた頃、やたらとある「名盤」や「有名盤」に苦しまされた。
 つまり、誰だってジャズを聴きはじめる頃は自分で判断する力がないから、とりあえず勧められたものも聴いてみるところから始めるしかない。そして普通の感性の人なら「名盤」ときくと、それは傑作であり、聴いておもしろい作品であり、ぜひ聴くべき作品だと誤解してしまうんじゃないか。それで「名盤」なんてものに手を出してしまう人も多いんじゃないか。
 しかしジャズにおける「名盤」は実はそうでもない。もちろん聴いても良い「名盤」も中にはある。しかし聴いたってどこがおもしろいのかわからない、そしてそう感じるのがむしろ当然な「名盤」も数多くある。「ジャズ史上の名盤」だと聞いて、そのアルバムを聴いてみて、どこがおもしろいのかわからなくて、ジャズっていうのは自分には縁のない音楽じゃないかとおもってジャズを聴くのをやめてしまう人だって、けっこういるんじゃないだろうか。そんな罪深い存在が「名盤」ではないか。
 では「名盤」とは何なのか、なぜ「名盤」と呼ばれるのか。

 ぼくが考えるに、ジャズの世界で「名盤」と呼ばれるものには、例えば次のような種類がある。そして、それぞれに問題を含んでいるのだ。
 それを一つづつ説明してみたいと思う。

1、いわゆる「歴史的名盤」。
2、ジャズ喫茶から生まれた名盤。
3、希少性など、特定の価値で語られる名盤。
4、ジャズ・ジャーナリズムによって作られた名盤。



1、いわゆる「歴史的名盤」

 まずは「歴史的名盤」というやつだ。これはまず聴いてもつまらない率が高い。
 ではなぜ「歴史的名盤」なんてものが生まれるのか。どうもジャズ評論家のなかにはジャズの歴史を語りたがる人が多いような気がする。入門者向けのはずのジャズ本などでも、そもそものジャズのおこり、ジャズの歴史などから書き起こしているものもけっこう見たことがある。入門者にそんなことを語って何の意味があると思っているのかわからないが。
 もちろんジャズを楽しむのにジャズの歴史なんて知る必要はないし、ジャズを理解できない人がジャズの歴史を知ることでジャズが楽しめるようになるもんでもない。ロックを楽しむのにロックの歴史なんて知らなくてもいいのと同じだ。もちろんジャズの歴史に興味をもってもいいし、それはそれで調べればおもしろいものかもしれないが、それはジャズを楽しむのとは別の行為だろう。
 しかしなぜかジャズの歴史を語りたがるジャズ評論家が多いとすれば、ジャズの歴史を語るうえで欠かせないアルバム、つまり「歴史的名盤」というものが出てくる。それは歴史の分岐点となったアルバムであったり、ある時代を象徴するアルバムであったりする。
 でも、逆にいえばそれはジャズの歴史を語るうえで欠かせないというだけで、聴いておもしろいとは限らない。それに、べつにジャズを楽しむのにジャズの歴史を知る必要もないし、語る必要もないことから考えれば、結局は聴かなくてもいいアルバムだ。
 でも、なかには聴いてもおもしろい「歴史的名盤」というのもないことはないから、多少の注意は必要なのだが。


2、ジャズ喫茶から生まれた名盤

 次にジャズ喫茶から生まれた名盤というものがある。
 ジャズ喫茶というのは日本独特の文化だったようだ。もっとも現在ではほとんど姿を消していると思うので一応説明しておくと、ジャズ喫茶というのは大量のジャズのアルバムを揃えた喫茶店で、コーヒーなど注文しながらリクエストすればそのアルバムを聴かせてくれる。あるいは店のほうでかけたアルバムを聴く……といったもの。
 もともと数十年前の日本では本場のジャズマンの演奏をライヴで聴ける機会がほとんどなく、LPも高価で、そう気軽に買えるものではなかった。そのためこういった店が発達したのだろう。もちろんジャズばかりではなくクラシックを聴かせる名曲喫茶やポップスを聴かせる店もあったようだ。
 さて、このジャズ喫茶から生まれた名盤というのは、そんなジャズ喫茶で特に数多くリクエストされたことで有名になり、名盤と呼ばれるようになったものだ。ということで歴史的名盤のように頭デッカチのものではないんで、ジャズを聴いて楽しむための名盤としてハズレの少ないもののように一見おもえる。
 けれど、聴いているうちに、どうもこの「ジャズ喫茶の名盤」というのにもヘンなバイアスがかかっているのがわかってきた。
 それは、ジャズ喫茶の名盤というのは一流のジャズマンによる大傑作といったものは少なく、たいていはB級の、でも味のあるアルバムといったものがほとんどだということだ。
 ぼくはそうなるのも納得できる気はする。どんなジャンルであれ、ある程度年期の入ったファンというのは、誰もが知ってる有名人を支持するより、いわゆる「通」しか知らないような、しかし味のある人を支持したりしたがるもののようだ。例えば映画俳優でいえば、誰でも知ってる主演俳優より、悪役として数シーン出てくるだけの怪優を好きになったりする。
 たしかにそれは「通」の行き方として普通なのかもしれない。いままで光があたることのなかった無名なアルバムのなかから自分で「意外な名盤」を見つけだすことにもよろこびがあるものだ。
 そして、そんなファンのあいだで、自分が見つけたお気に入りを語り合っているだけなのなら何の問題もない。だが、そんなふうにしてジャズ喫茶から有名になったアルバムをジャズの入門者・初心者に勧めるとなると問題も出てくる。
 つまり、まだジャズを聴きはじめでジャズの魅力も充分にわかっているとはいえない入門者に勧めるのなら、B級のアルバムを勧めるより、まずは一流の名演を勧めるべきだ。そのほうがわかりやすいし、それでこそジャズを聴く耳ができてくるものであり、B級の味を知るのはその後でいいんじゃないか。


3、希少性など、特定の価値で語られる名盤。

 ぼくが初心者だった頃よく騙された、聴いて「なんだこれ?」度が高い名盤・有名盤が、いわゆる「希少盤」というやつだ。
 希少盤というのは、リリース当初LPがなかなか手に入らない、その希少性によって有名になったアルバムだ。現在では再発されて簡単に手に入るものも多い。
 そもそも欲しくてもなかなか手に入らない希少性というのは、何倍にも価値があるように感じさせるものだ。現在のブランド商品の商法や行列が出来る店の商法、「限定品」なんていうのも、この効果を狙ったものだろう。そのためなかなか手に入らない希少盤というのものは話題に出ることが多くなり、有名になり、それをようやく手に入れられたファンはいままでの苦労のためにその価値が何倍もに感じれて賞賛することもあるだろう。
 しかし、それは希少性そのものが生み出した価値であり、例えばブランドのバックなんかもみんなが欲しがるから自分も欲しいと思うのであり、誰も欲しがらないバックなら自分も欲しくないという面もある。この「多くの人が求めているが少数の人しか手に入らない」という状況が感じさせる価値というのは、再発されて誰もが簡単に手に入るようになってしまうと「なんだこれ」ということにもなりがちだ。
 けれど、多くの人が求めたのなら、それはもともとそのアルバムにそれだけの価値があるということじゃないかと思う人がいるかもしれない。けれど、そうでもない。
 だいたいジャズ・ファンにはコレクターが多い。そしてコレクターのよろこびというのは、他人が持っていないものを自分は持っているというところにあって、ヘタをすると中身なんて関係ない場合もある。
 それに希少盤とはなぜ希少なのかというと、それは売れなかったのですぐ廃盤になり、少数の枚数しか出回ってないからだろう。なぜ売れなかったのかというと、まず大抵の場合はその程度の内容だったからじゃないだろうか。もちろん中には優れた作品が理解されずに売れなかったという場合もあるだろうが、パーセンテージからすればつまらないから売れなかった場合のほうがはるかに多いだろう。
 実際ぼくはジャズを聴きはじめた頃、よく本にジャケ写が載ってるアルバムを中古屋などで見つけて、これはよく本で見るから良いアルバムなのかなと思って聴いてみると、「なんじゃこれ?」だったり「べつに、普通じゃん」だったりして、よく本を見返してみるとそれがかつて希少盤として有名だったアルバムだと書いてあったことがよくあった。たしかに希少価値がある頃にようやく入手して聴いた人には感激のアルバムだったのかもしれないが、再発されて誰にでも入手できるようになってしまうと、それほどのものでもなかったりする。

 さらにいえば、アルバムの出荷数が少ないという希少性のほかに、そのジャズマンがごく少数のアルバムしか出していないという希少性というのもある。ジャズマンが夭折したか、あるいはごく短い活動期間の後、さまざまな理由で現役を離れてしまった、あるいは活動期間は長くてもリーダー作の録音の機会に恵まれなかったというものもある。
 となると、そのごく少数のアルバムに人気が集中するので、実際はそれほどの内容でなくても、そのアルバムが有名になったりする。逆に順調な活動をしてアルバムを多数出したジャズマンの場合、アルバムがたくさん出ているためにありがたみがなくなって、個々のアルバムがあまり話題にならないという現象がおきてくるようだ。
 いずれにしろ、希少性みたいなものが反映された批評はアテにならないものが多い。


4、ジャズ・ジャーナリズムによって作られた名盤

 以上の3つを含めた上で思うことは、いわゆる「名盤」というもののほとんどは、最初はさまざまな理由・状況で名をあげられるようになったものが、ジャズ・ジャーナリズムの内で安易に引用・増幅されていくなかで、「名盤」として一人歩きして定着してしまったものではないかということだ。
 このジャズ・ジャーナリズム内での安易な引用と増幅というのが問題だ。
 ジャズを聴きはじめてしばらくたったファンなら、ジャズ本というのはジャズなんてまったく聴いてなくても書けそうだと思うものだ。つまり、ジャズを聴きはじめて数年もたてば、いろいろなジャズ紹介の本が、実はどれも同じようなアルバムばかりを名盤として紹介しているに過ぎない、みんなが褒めている名盤をみんなと同じように褒めているに過ぎないものが多いということに気づくからだ。これならジャズのアルバムをたくさん聴いて自分の耳で優れたアルバムを見つけださなくたって、過去に書かれたジャズ本を見て、そこに書かれた「名盤」のなかから適当なものをピックアップして並べていけばジャズ本なんて簡単に書けそうだ。もちろん全部がそうだとはいわないが、その程度のものでしかないジャズ本を多く見てきたというのが実感だ。
 実際、紹介の内容が一人歩きしているような現象も目につく。あるアルバムについて誰かがあることを書くと、別人が他の場所でそれをそのまま引き写したような批評を書いているのを目にしたりする。この場合、最初に書いた誰かが的確なことを書いているのならまだいいのだが、けっこういい加減なことを書いていてもそのまま引き写されるから始末がわるい。いい加減な批評・間違った批評が一人歩きして増殖し、まるでそれが定説であるかのようになってしまう。虚像ばかりが膨らんでいき、事実が覆い隠されてしまう。誰かが「王様は裸だ」と指摘しなければいけないはずなのに、誰もそれをしない。
 歴史的名盤にしても、ジャズ喫茶の名盤にしても、最初にそのアルバムの名があがった時の状況においては意味のあったアルバムなのだろう。しかし、どっかの本に載っていたアルバムだからと、後のジャズ・ジャーナリズムが安易に真似して紹介しつづけていくと、最初にあった意味を忘れられてしまう。
 つまり、歴史的名盤はジャズの歴史を語る上で便利なアルバムなのであって、聴いておもしろいアルバムというわけではない。
 ジャズ喫茶の名盤は、かつて日本のジャズ喫茶に集まったジャズ通たちが見つけたアルバムであって、初心者に勧めるべきアルバムとはかぎらない。
 希少盤はコレクターたちのあいだで有名なアルバムであって、聴いておもしろいかどうかは別問題だ。
 そういった名盤を、ただ有名だから、みんながホメているからと真似して安易にピックアップして、入門者・初心者に紹介してしまうようなジャズ評論家は信用すべきではない。
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by Fee-fi-fo-fum | 2009-05-25 01:01 | 役に立たないJazz入門