『ウェイン・ショーターの部屋』(http://www.bekkoame.ne.jp/~echika/wayne/wsindex.html)の別館です。


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役に立たないジャズ入門・3

(役に立たないジャズ入門・3)


■ぼくがジャズを聴きはじめた頃1 〜 やたらにたくさん聴かせたがることの功罪


 ぼくがジャズを聴きはじめた頃の話を再開する。
 先に書いたようなわけで、ぼくが本格的にジャズを聴きはじめたきっかけは、ビル・エヴァンスの『Waitz for Debby』からだ。このアルバムはジャズ入門に最適なアルバムとして定評があるし、ぼくも同意見だ。ぼくはこの『Waitz for Debby』とかソニー・ロリンズの『サクスフォン・コロッサス』あたりが、ジャズ本の推薦がめずらしく的を射ていた貴重な例だと思っている。
 では、『Waitz for Debby』のどこが良いのだろうか。雰囲気がいいとか、ジャケットがいいとか、いろいろいう人がいるが、ぼくの場合いちばん感心したのは演奏者どうしの対話によって音楽が生まれ、展開していくという点だった。
 というのも、ぼくはそれまでにいろいろなタイプのロックを聴いていたので、演奏者のインプロヴィゼイションというのもロックで聴いたことがあった。つまり、ジャズを聴く以前にジミ・ヘンドリックスもエリック・クラプトンも聴きまくっていたわけである。
 しかしぼくがそれまで聴いていたロックにおけるインプロヴィゼイションというのは、バックバンドの演奏にのってソロ奏者がインプロヴィゼイションを繰り広げるという、いわゆるモノローグ型のものだった。そしてそれはマイルスも同じだった。だからマイルスのジャズはぼくにとって、実はそれほど大きな新発見ではなかったのである。
 しかしビル・エヴァンスのように、たった三人の演奏者が入り乱れるように対話し、その対話のなかから音楽が生まれ、展開していくインプロヴィゼイションというのは聴いたことがなかった。それだけにぼくにとってビル・エヴァンスは新発見であり、聴きはじめた頃はこの人はマイルスよりずっと上だと思った。そのぼくの判断が正しかったがどうかはさておく。
 さて、ではそのままビル・エヴァンスにハマり、聴きまくったかというと、そうはならなかった。
 というのは、それはビル・エヴァンスのアルバムは、一枚聴いてしまえばあとはだいたい似たようなものばかりだとわかってきたからだ。つまりこの人はピアノ・トリオによる演奏を得意とし、アルバムはほとんどピアノ・トリオばかりで、演奏方法もそう大きな変化があるわけでもない。もちろん微細な違いはあるし、そういった差を聴いていくのが楽しいという人もいるだろう。あるいは、それほど大きな差はなかったとしてもビル・エヴァンスのアルバムはどれも聴いていて飽きないという人もいるだろう。でもぼくはジャズを聴きはじめたばかりであり、どうせなら同じようなものを聴き続けるより、もっといろいろ聴いてみたかったわけだ。
 そんなわけでビル・エヴァンスを端緒として、今度はいろいろなジャズマンのアルバムを聴きはじめた。一度ニアミスをしたままになっていたマイルス・デイヴィスも再度聴き始めて、今度はちゃんとおいしいところを見つけて聴いていけたし、その他にもいろいろなジャズマンのアルバムを聴いた。


 その頃感じていた疑問点を書きたい。
 そんなわけでぼくはいろんなタイプのジャズを聴いてみたいと思い、しかし周囲にジャズに詳しい人はいなかったので、また本を頼りにどんなジャズマンを聴いたらいいのか調べながら聴いていった。
 しかし、正直かなり困惑した。それはジャズ本には確かに多くのジャズマンが紹介されているものの、ほんとに膨大な数のジャズマンやアルバムが並べられて紹介されているので、どこから聴いたらいいのかわからなかったからだ。いったい入門者・初心者にいきなり膨大な量のアルバムを勧めてどうしようというのかと思う。
 例えばいきなり100人くらいのジャズマンのアルバムを紹介し「最低これだけ聴けばジャズをかじったと言えるだろう」などと書いたものも見たことがある。もしそれが本当だとすれば、ぼくだっていまだにジャズをかじっているとも言えない。
 実際、聴く必要なんてない。
 たとえばロック関係の本で、チャック・ベリーからストーンズからプログレからパンクからデス・メタルやスラッシュ・メタルやらのアルバムを何百枚も紹介し「これだけ聴いておけばロックをかじったと言える」などと書いてある本を見たら、かなり不気味に思うだろう。そして、本当にそんな様々なロックのすべてを並行して聴いている者がいたとしたら、それは少なくともフツーのファンじゃないことはわかるだろう。むしろ本当にロックを楽しんで聴いているのか疑われる。
 ジャズだって同じことだ。例えばジャズ本にフリージャズの演奏者数名とその代表作としてアルバムが数枚づつ紹介されていたとしよう。もしそのうち一枚を聴いて、どうもフリージャズというのは自分に合いそうもない、自分が聴きたい音楽と違うと感じたとしたら、とりあえず他のフリージャズ系のアルバムは紹介されていても聴かなくていい。もちろん合わないのはその一枚だけで、他のアルバムを聴いたらフリージャズも好きになるという可能性もないことはない。でも、とりあえず後回しにして、後で興味が湧いてきたらそのとき聴けばいい。そういうもんだろう。
 好みによる選択というのは必ずあるものであり、べつに好きでもないものをジャンルの全体像を知るために聴く必要なんてない。
 ジャズ入門者だった頃のぼくは、入門者にいきなりこんなにたくさんのアルバムを勧める本というのは、著者が自分の豊富な知識を自慢したいだけの本なんじゃないかとも思えていた。

 けれども、ジャズを聴いているうちに、ジャズ批評家がそういう方向に走る気持ちに共感できる点もあることがわかってきた。
 それはビッグネームばかりをありがたがる俗物根性への批判だろう。
 とかく大衆というのは実質よりも名声をありがたがるものだ。ビッグネームだというとわけもわからずにありがたがるが、無名なミュージシャンには見向きせず聴いてみようともしない傾向がある。
 しかし、ビッグネームの作品が本当に優れたものか、無名なミュージシャンが本当に劣ってるのかは、実はわからない。
 なぜなら、音楽業界の側もそんな大衆の俗物根性をよく知っているから、あるミュージシャンを売り出したかったら、まず莫大な宣伝費をかけてでもそのミュージシャンを有名にしてしまい、その名声によって作品を売るという商法をとるからだ。というわけで、有名人ばかりをありがたがる大衆は業界が売りたがっているビッグネームをありがたがって買いつづけ、実は優れた作品をつくりながら、運悪く商業主義に乗れなかったミュージシャンは不遇をかこって無視され続けるという現象がおこる。
 もちろんビッグネームの名声のすべてがそういった商業主義によって作られたものではない。実力を伴ったビッグネームもいる。そして、かつては実力を伴ってビッグネームにのし上がった人間が堕落し、もはやビッグネームと呼ぶに足る音楽表現ができなくなっても、名声だけはビッグネームとしてカリスマ性だけ持ちつづけたという例もある。
 そして、そんな商業主義だってかならずしも悪いとはいえない。とにかくスターを作り出して、大衆の耳をそこに向けさせれば、ファンの裾野は広がるからだ。クラシックの分野でいえばカラヤンなどが行ったのはそういうことではないだろうか。行き過ぎた商業主義に毀誉褒貶が相半ばした人物だが、カラヤンのおかげでクラシック・ファンの裾野が広がったということも多分事実だろう。問題はたんに有名だからとカラヤンを聴いていた大衆を、他の演奏家にも耳を向けさせ、真のクラシック・ファンにできるかどうかということだ。
 ジャズの分野で、そういったジャズの大衆化に成功した人物とえば、例えばマイルス・デイヴィスがいる。つねに時代の流行に合わせてサウンドを変化させ、優秀なミュージシャンを次々にバンドに引きいれてバンドの演奏レベルを上げ、それをしっかりとビジネスに結びつけていくプロデューサー的能力はたいしたものだった。もちろんそれによってジャズを聴くファンが増えるのであれば、マイルスの成し遂げたジャズの大衆化も、それ自体批判すべきことではない。
 でも、ジャズの入門者のなかには、マイルスとかコルトレーン、あるいはビル・エヴァンスなどといった有名人だけをありがたがって聴き、他は聴かない。自分の耳で音楽を判断しようとしない、俗物根性だけでジャズを聴く者も多いようだ。これは音楽をたのしむのとはかなり遠い行為だろう。
 有名だからといってありがたがるのではなく、有名無名をとわずにいろいろ聴いてみて、最後は自分の耳で判断するのが本来の在り方だろう。そして良心的な批評家なら、そうするように勧めるのがスジだとはいえる。
 しかし、むしろ逆にそんな大衆の俗物根性にすりよって、ビッグネームの提灯持ちを続けることだけで食っていこうとする批評家も多数いるからややこしくなる。なかにはマイルスだけ聴いていればジャズのすべてが理解できるなどという大嘘を平気で書いた本さえある。(実際はマイルスだけ聴いてたってジャズの全体像がわかるわけがない。フリージャズもソウル・ジャズももちろんスウィング・ジャズも聴けない。集団即興はおろか、対話的な即興演奏さえマイルスはできなかった。また本格的に編曲に取り組んだこともない)
 だから、そんな有名人ばかりありがたがる大衆の俗物根性や、それをむしろ煽っているロクでもない批評家を批判することには共感できる。それは正しいスジだと思う。
 しかし、膨大な数のアルバムをただただ紹介しているジャズ本のすべてがそこまで考えてそうしているとも思えないのも事実だ。
 音楽というものは基本的に好きなものを自分のペースで聴いていけばいいのであり、無理にたくさんのアルバムを聴く必要はない。
 ビッグネームばかりありがたがる俗物根性を批判するなら、まずこのへんから聴いてみて、この辺が好きならばこの人も聴いてみたほうがいい……などと、入門者にとってわかりやすい指針を示すべきなんじゃないだろうか?
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by Fee-fi-fo-fum | 2009-05-25 01:04 | 役に立たないJazz入門