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『ウェイン・ショーターの部屋』(http://www.bekkoame.ne.jp/~echika/wayne/wsindex.html)の別館です。


by Fee-fi-fo-fum

役に立たないジャズ入門・5

(役に立たないジャズ入門・5)

■ぼくがジャズを聴きはじめた頃3 〜 チャーリー・パーカー


 セロニアス・モンクの次にぼくがハマッたのはチャーリー・パーカーだった。
 パーカーに近付いていくのはある程度時間がかかった。パーカーのジャズは初心者には難解だと思う。といっても頭で考えた難解さではなく、身体のノリがパーカーの音楽についていけないのだ。だから自転車に乗れない人間が乗れるようになるかんじで、一度身体がついていけるようになれば、あとは難解でもなんでもなくなる難解さなのだが。それでも初心者にパーカーをいきなり勧めるのは無茶だと思う。
 何十年もジャズを聴いているはずのジャズ評論家でも、ほんとうはパーカーがわからないんじゃないかと思う文章に出合うことさえあるのだから。

 チャーリー・パーカーに興味を持ちはじめたきっかけは、多くのジャズ本でパーカーが特別扱いされていたからだ。ジャズの最高峰とか、そういった神格化されたかんじで。
 そうなると、とりあえず一度聴いてみたい気にはなる。気に入るかどうかはわからないが、一度聴いてみないとはじまらないというかんじだ。
 そしてそんなジャズ本を見ると、パーカーの最高傑作とはサヴォイとダイヤルだと書かれていた。サヴォイもダイヤルも40年代後半にパーカーが録音していたレーベル名で、その時代に録音されてSP盤としてリリースされていた演奏が現在では編集されてCDとしてリリースされているわけだ。でもサヴォイとダイヤルの二つがオススメというのは、紹介のされかたとしてけっこうわかりやすい。それでとりあえずサヴォイを聴いてみたのだが、どこが良いのかさっぱりわからなかった。40年代のSP盤からの復刻のせいで音質が悪く、演奏も騒がしいだけとしか聴こえなかった。
 いいと思えないのなら聴いても仕方がない。でも、多くの人が最高峰だというパーカーを自分が理解できないというのも、なんか気分がわるい。
 そこで、とりあえずあとダイヤルだけは聴いてみようかと思った。それでいいと思わなければ、パーカーは自分には関係のない人だと判断し、ジャズ本などでどんなにベタ褒めされてようと一切無視することにしようと思った。
 と思ってダイヤルを聴いた。サヴォイとダイヤルの違うところは、サヴォイはバラードが収録されてないのに対して、ダイヤルのほうはあるというところだ。ぼくはダイヤルでもアップテンポのナンバーはサヴォイと同じ感想で、つまり騒がしいだけとしか感じられなかったのだが、バラードはいいと思った。ついていけたわけだ。
 その頃ぼくはウォークマンを持っていて、満員電車の中や街を歩きながら音楽を聴いていた。ということでパーカーのダイヤルもウォークマンで聴くことになった。といっても聴くのはバラードばかりだったが。
 満員電車のなかでウォークマンで音楽を聴くということは、かなり集中して音楽を聴くことになる。部屋で聴くときは「ながら聴き」になりがちだが、満員電車のなかでは他に何もできないので、一音一音を聴き逃さないように集中して聴くことになる。ぼくはもともと飽きっぽい性格だから、そんなふうに集中して聴くと、わりとすぐにその音楽に飽きてしまい、そう何度も聴き返したくはならない。だからぼくはウォークマンの中身はほぼ毎日とりかえて、毎日新しいアルバムを聴いていた。
 しかしパーカーをそうやって集中して聴いていると、おかしな事がおこった。他の音楽はすぐに飽きてしまうのに、パーカーの演奏は何度聴いても飽きないのだ。それどころか聴き返すごとに良くなっていく。ぼくのウォークマンはパーカーが入ったままになり、毎日パーカーを聴き続けることになった。
 そうなるとバラード以外の曲も聴いてみたくなる。するとアップテンポのナンバーは相変わらず騒がしいだけとしか聴こえなかったが、バラードを繰り返し聴いた効果なのか、ミディアムテンポのナンバーも良いと思うようになった。そしてバラードとミディアムテンポを毎日繰り返し聴くうちに、ついにアップテンポのナンバーも良いと感じるようになった。
 そうして、べつにそんなつもりもなかったのだが、ぼくは徐々に鍛えられてパーカーについていけるようになったのである。
 そしてその後、しばらくの間は他のミュージシャンのCDはまったく聴かなくなり、チャーリー・パーカーのみを聴き続けることになった。

 一度パーカーが理解できると、パーカーをベタ褒めするジャズ・ファンや評論家の言うことも、体感的に理解できるようになる。正直、いまではぼくも一度もパーカーにハマッた経験が無いというジャズ・ファン、ジャズ評論家は信用できない気がする。ハマるというのは、一定期間チャーリー・パーカーだけを聴き続けるということだ。これはパーカーが理解できる人ならわかると思うが、パーカーの魅力を理解できてしまうと、必然的にそういう聴きかたになってしまう。
 なぜかといえば、パーカーの音楽を理解できるようになるということは、パーカーの聴き方をおぼえるということだ。パーカーの音楽は聴く方も緊張感をもって、真剣勝負で聴かないと理解できないところがある。ところが、パーカーを聴く時のような聴き方で他の音楽を聴くと、ほとんどの音楽はタルくて聴けたもんじゃないものに聴こえるのだ。だから、必然的にチャーリー・パーカーに夢中になっている間はチャーリー・パーカーだけを聴き続けることになってしまう。
 ぼくはやがてチャーリー・パーカー以外のジャズも聴きはじめることになるが、それはパーカーを聴くときとは違う聴きかたを始めたからだ。つまり、なにもいつもパーカーを聴くときのように集中して聴かなくたって、BGMを聴くように聴いてもいいんじゃないかとおもって、他の音楽も聴きはじめたのだ。

 さて、とはいえ、現在ではぼくはチャーリー・パーカーの信者のように、パーカーばかりがジャズの最高峰だとは思っていない。
 たしかにパーカーと同じことをした者でパーカーを超えたジャズマンはいないと思う。でも、パーカーがしなかったこと、やり残したことがある。
 例えば、パーカーの即興演奏は最後までモノローグ型である。これに対して対話型の即興演奏や、集団即興という方法がパーカーがやり残したこととしてある。
 さらに、パーカーの即興演奏はコード進行に基づいている。これにコード進行に基づかない即興演奏というのがパーカーがやり残したこととしてある。それにパーカーなど40年代のジャズの場合、使用しているコードが和声的に単純な気がする。たとえばウェイン・ショーターの後にパーカーを聴くと、クラシックで例えればワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』の後でモーツァルトを聴いたときのような、素直で単純な和声でやっているなと感じるところがある。つまり、ジャズをもっと複雑な和声でおこなうということも、パーカーがやり残したこととしてあるだろう。
 さらに、パーカーの音楽は編曲的には単純だ。オーケストラと共演した『ウィズ・ストリングス』の演奏もオーケストラ編曲は平凡であり、パーカー自身が編曲したものではない。ということで、ジャズとクラシック的な複雑で奥深い編曲性との融合という点も、ジャズのさらなる方向性として考えられる。
 そして、パーカー以後のジャズとは、そのような方向性を進んだミュージシャンたちによって発展していったと思う。


 そんなわけで、ぼくはジャズを聴きはじめたかなり最初のほうでセロニアス・モンクやチャーリー・パーカーといった、かなりジャズの核心の部分からジャズに入っていった。個人的にはそれでよかったと思っている。でも、これが万人に勧められるジャズの入門法かというと、そうでもない気がする。
 実際ぼく自身も、とくにパーカーは最初はまったく理解できず苦労したし、モンクも普通は入門者向けではないミュージシャンだという。入門者に勧めるなら、もっとわかりやすく親しみやすいところから勧めたほうがいい気もする。
 どうも入門者・初心者にジャズを紹介する難しさというのは、たぶんそのへんに理由がありそうな気がする。
 つまり、マイルス・デイヴィスのようにポップスやロックにわりと近い発想でジャズを演奏するミュージシャンのアルバムは、ポップスやロックと近い感覚で聴くことができるので、それまでポップスやロックを聴いていたリスナーには親しみやすくわかりやすい。しかしジャズ独特の魅力という点ではむしろ乏しい面があるので、つまりずっとマイルスを聴いていたのでは、いつまでたってもジャズの本当の魅力がわからずに、ポップスやロックのような感覚でジャズを聴いているだけという結果になってしまいそうな気もする。実際そうなってる人も多く見かける。
 対して、ジャズ特有の魅力を持つミュージシャンの場合、その魅力がわかるようになれば、ジャズ特有の魅力を理解する近道にもなるだろう。しかしそういったミュージシャンはポップスやロックを聴くような価値観で聴いていたのでは本当の魅力がわからない場合が多いので、つまり、ハードルが高くなってしまう。
 いったい入門者・初心者にどっちを勧めればいいのかというのは迷うところであり、ほんとうのところは、その入門する人がどんな性格で何を求めてジャズを聴こうとしているのかによって、勧めるアルバムも違うんだと思う。
 たとえば、それまでロックを聴いていたリスナーがジャズを聴きはじめる場合、フュージョンを好む人が多いそうだ。それはフュージョンならサウンドもリズムもロックに近いので、それまでのロックを聴いていたときと近い感覚で聴けるからなんだろう。
 しかしぼくはそれまでロックを聴いていたのに、ジャズを聴きはじめた当初はフュージョンなど聴かずにアコースティック・ジャズを中心に聴きまくっていた。それはぼくがロックを聴き飽きてきたので、あたらしい何かを発見したくてジャズを聴きはじめたからだろう。だからロックと似たサウンドやリズムをもったフュージョンより、いままで聴いたことがないサウンドやリズムをもった伝統的なアコースティック・ジャズのほうが興味の中心になったわけだ。
 同じようにロックを聴いていた人間がジャズを聴きはじめる場合でも、このように今までと同じ感覚で聴けるものを求めて聴くのか、いままでとは違うものが聴きたくて聴き始めるのかによって、聴くべきアルバムが違ってくる。
 もちろん、例えば疲れて家に帰ってきて、コーヒーかワインを飲みながらBGMとしてかける音楽を求めてジャズを聴きたいとおもう人もいれば、ノリノリで聴ける熱い黒人音楽としてのジャズを聴きたいという人もいるだろう。当然勧めるべきアルバムは違ってくる。
by Fee-fi-fo-fum | 2009-05-25 01:08 | 役に立たないJazz入門